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日系社会、一歩前進

 敬老売却問題を取材していて思うことは、これは起こるべくして起きたということ。日本伝統の村社会の価値観が、日系社会とそこに暮らす人々が足を引っ張りあう状況をつくり出し、行動をにぶらせ、その特性をうまく利用する人たちをも生み出して今にいたっているように見える。  前回のコラムに書いたように、日本には昔から「沈黙は美徳なり」「出る杭は打たれる」などの言葉があり、日系社会もこれを引きずっている。日本人・日系人の歴史を考えると仕方のないことなのかもしれないが、今回のような日系社会全体で考えていかなくてはならない大切な問題が起きたとき、この価値観はあまりにも致命的だ。  およそ2年前から始まったというこの売却劇は、日系社会と敬老側とのきちんとした議論や対話がなされぬまま、もうすでに終止符が打たれる寸前のところまできている。日系社会、日系メディア、そこに暮らす人々はいままで何をしてきたのだろうか。誰かに後ろ指を指されることを恐れていたのだろうか。敬老側が、この村社会の特性を知った上で着々と売却準備を進めてきたのであれば、とても賢いといえる。  今回の問題は経営や福祉、人口学的な問題も含んでいて、正義を実現するといった問題とは違い、どんな解決がもっとも良いのかを見つけるのは難しいかもしれない。しかし、日系社会の資金でつくられたものを営利組織に売却すること、そして、きちんとした対話がないままに決められたという「倫理的」「道徳的」な問題は残されている。こういった点について、もっと日系社会全体で議論を深めていくことが必要で、単に敬老側、入居者、その家族が合意すればいいというものではない。  先代の二世たちを中心にして、必死の思いでつくりあげたものを、簡単に手放してしまってもいいのか。長期的に考えた場合失うものは施設だけではないかもしれない。いま日系社会は「なぜもっと早くに行動できなかったのか」との悔しい思いを胸に動き出しはじめ、大きなムーブメントになろうとしている。シアトルやハワイの日系社会も「敬老」の行く末を注目している。たとえ勝負が見えていたとしても、行動を起こすことは、やらないよりはずっといい。おとなしかった日系社会の大きな一歩になる。【中西奈緒】

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