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引退できない事情

 「もうそろそろ引退しようと思っているんですが、誰か後を引き継いでくれる人はいませんかね」  深井吉郎さんは今年90歳。彼がいう引退とは、彼が航空会社のエンジニアの職を引退した後、20年近く続けているボランティアの道路交通法法規の講師の仕事からの引退である。  深井さんはイリノイ州政府からの要請を受けて、免許取得時の筆記試験のための講習と、AARP公認の特にシニアの安全運転を願って開かれている交通法規の講義を日英両語で行える数少ない貴重な存在である。  彼がリタイアを考え始めてもう7、8年になるが、なかなか後継者が見つからない。特にAARPのコースは1日4時間の講義を2日間、合計8時間受けなければ修了証書がもらえない。  シニアにとっては休憩を挟んでも4時間の講義はきついが深井さんの話は面白い。要点を押さえながら、ユーモアを交えて飽きさせずに参加者を引き込んでゆく。  この修了証書を保険代理店に提出すると、3年間は保険の掛け金が割引される特典があるが、加齢と共に記憶力が衰えて、何十年も車を運転してきた人でも法規をおろそかにしたり、反射神経が鈍くなりとっさにブレーキをかけたり、ハンドルを切って事故を防ぐことができなくなる。  「掛け金の割引云々よりも、シニアが運転するときの心構えが大切です。規則を守ってハンドルを握ってほしいんですよ。皆さん、ティーンエイジャーの運転は危ないと言うけれど、シニアの運転のほうが事故が多いんですよ」と手厳しい。  参加申込者が電話で「講師はミスター・フカイですよね」と確認してくることもしばしばある。最近筆記試験の講義を受けた日本人女性から2日後に「おかげで筆記試験をパスしました。深井さんにお礼を言っておいてください」とうれしい言付けの電話が入った。  早速深井さんに知らせると、「やあそれは良かったですねえ。ああそれから、来年のクラスのスケジュールを考えておいてください」とうれしそうな返事が返ってきた。  まだ後継者も見つからないし、深井さんの引退は当分実現しそうにない。【川口加代子】

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