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大切な物は今使う

 断捨離、という言葉はもう日常に根付いたほどに、しばしば聞く。シンプルに生きようというヨガの考え方から来た整理法らしい。必要ない物を断ち(買わない)、捨て(要らない物をお世話になりました、有難う、といって処分する)、執着することから離れる(物欲をなくす)。なるほど、納得のゆく整理法だ。物が捨てられない長年の習慣を断ち切るのは、容易ではない。生活に勢いがある時は、物が増えるのが自然だからである。  しかし、生活が静かになれば断捨離はやりやすい。なぜ物が欲しくなるのか、自分なりに分析すると、納得して実行できる。物不足の子供時代を過ごした私は、セールだったら、とりあえず買ってしまう欠点がある。好きではない色、自分のサイズに合わない服でもだ。手に入れたことで、物欲が満たされ、ほしいという執着から開放された。そういう物はすぐに飽きるから、物と執着した物欲とを同時に捨てられた。物欲を押さえ、克服するより、私にはやさしかった。  もう一つの欠点は大切な物をしまいこむこと。使わずに時々出して触り、眺めてみて満足感を味わう。長い間タンスのこやしにした大切なウールのセーターに虫が付き、穴だらけにしてしまった事がある。悔しい事この上ない。  子供は物が捨てられない親をどう扱うか、と悩んでいる。新しい靴をプレゼントしてもらったのに、もったいないから特別な時に履くとセーブしていると、「じゃあ、棺おけに入った時に履かしてあげるよ」と言われてしまった。現実味がある。  友は重い病気にかかり、余命が短くなった時、これまで一度も使わずにしまっていた物を使い始めた。フランスのマイセンまでわざわざ出かけて買った舌が切れそうに薄い陶器のカップに紅茶を注ぎ、イギリスで買った小花の生地でカーテンを縫った。命が尽きようとする時、やっと本当に好きだったものだけに囲まれて過ごした。  明日の命は誰にも分からない。キャビネットに飾ったカップをおろし、紅茶を飲んでみようか。これから毎日。【萩野千鶴子】

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