top of page

芸術の秋

 四季のない南加にも、秋の気配は、忍び寄る。日本の秋のような鮮やかな紅葉はなくとも、朝夕の冷え込み、陽差しのまろやかな陰りに、そこはかとなく感じさせる。「秋の日はつるべ落とし」夕刻5時には暗くなるのも、人恋しさを募らせる。こんな時は何かがほしい。ぼんやりした寂しさを埋めるもの。芸術の秋とはよく言ったものだ。静かに時の流れを味わう時、クラシックコンサートもまた良いものだ。  LA郊外、アリソビエホ市に日本から来たS大学がある。この大学のコンサートホールは、音響効果の優れたホール。今宵は世界的バイオリニストのサラ・チャンを迎え、サンディエゴ・シンフォニー・オーケストラがチャイコフスキーを演奏した。  8歳から神童とうたわれ、子供とは思えない成熟した演奏で聴衆を魅了してきた彼女は、今、30代半ばで世界のトップに立つ。想像を絶する技巧、豊穣な音楽表現、聴衆へのアピール力、全てを兼ね備えている。のびのびとした演奏がまた気持ちよい。音楽に酔わせてくれ、活力を与えてくれる。ロック、パンク、ヒップホップ、カントリー、ポピュラー、さまざまな音楽ジャンルが盛況の米国。その中で彼女は、自分はクラシックを聴衆に届けたい、と明確なビジョンを持っている。彗星のように現れては消えていく音楽家の世界で、長くこの分野を牽引する一人になるだろう。PCで見るだけだった雲の上の人の演奏を、地元の会場で聴けたのも、嬉しく、親しみが湧いた。  仕事に追われ、乾燥した日常生活で見失うものがある。聴きたい音楽、読みたい本、見たい劇、行きたい講演、それらをいい加減にパスし始めている。若い時には見たい、聴きたい願望が切実に切り立っていた。年齢を増すごとに、ヘンに世間ずれし、知ったかぶりになる。純な願望をごまかした後に、死神の訪問をうける。その時、やって失敗したことではなく、果さなかった願望こそがわれわれを苦しませるそうである。  時代に流される生活と、時空を超えて残るものとを見極めるバランス感覚が大切なのかもしれない。芸術の秋はそれを再認識させてくれる時でもあろうか。【萩野千鶴子】

1 view0 comments

Recent Posts

See All

熱海のMOA美術館に感動

この4月、日本を旅行中に東京から新幹線で45分の静岡県熱海で温泉に浸かり、翌日、山の上の美術館で北斎・広重展を開催中と聞き、これはぜひと訪れてこの美術館の素晴らしさに驚き魅せられた。その名はMOA美術館(以下モア)。日本でも欧米でもたくさんの美術館を見たがこれは 所蔵美術品の質と数の文化的高さ、豊かな自然の中に息を飲むパノラマ景観を持つ壮大な立地、個性豊かな美術館の建築設計など卓越した魅力のオンパ

アメリカ人の英国好き

ヘンリー王子とメーガン・マークルさんの結婚式が華やかに執り行われた。米メディアも大々的に報道した。  花嫁がアメリカ人であるということもあってのことだが、それにしてもアメリカ人の英王室に対する関心は異常としか言いようがない。  なぜ、アメリカ人はそんなにイギリス好きなのだろう。なぜ、「クィーンズ・イングリッシュ」に憧れるのだろう。アメリカはすでにイギリス系が多数を占める国家ではない。いわゆるア

野鳥の声に…

目覚める前のおぼろな意識の中で、鳥の鳴き声が聞こえた。聞き覚えがない心地よい響きに、そのまま床の中でしばらく聴き入っていた。そうだ…Audubonの掛け時計を鳴かせよう…  Audubonは、全米オーデュボン協会(1905年設立)のことで、鳥類の保護を主目的とする自然保護団体。ニューヨークに本部がある。今まで野鳥の名前だと思っていたが、画家で鳥類研究家のジョン・ジェームス・オーデュボン(1785

bottom of page