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渡辺美津重さんが退職:日本人社会から悲しみの声
全米日系人博物館の営業部で21年勤めた渡辺美津重さんが15日、退職した。日系担当で唯一、日本語を話す職員が去り、日本人社会から別れを惜しむ悲しみの声が聞かれる。
渡辺さんは、寄付者の日系企業との交渉をこなした上に、日本からの修学旅行生の案内や大学・研究機関の調査依頼などにも懇切ていねいに対応。日系社会と日本のまさに「窓口」であった。
21年間勤めた全米日系人博館物を去った渡辺美津重さん
皇太子をはじめ小渕、安倍の総理、岸田、河野の外相、その他多くの著名人などVIPをもてなし「貴重な経験をさせてもらった」。総領事館や政府系機関と連携し日米関係に携わり「日本とのつながりを強める仕事ができた」と自負する。 勤める前は、日系史は無知だったため「一から勉強した」。語り部の2世から「いろいろ学ばせてもらった。 今の日本にはいない大正時代の古き良き考え方を持っている」と敬服する。恩に着る2世の他界に心を痛め、収容所体験者が減るにつれ、博物館の果たす役割の大きさは高まるとし、戦前からの差別を経て史実を伝える「多民族共存社会のロールモデル」と評する。期待を寄せる若い4世、5世だが「アメリカのメインストリームに進出するにつれて、日系史が薄れていく」と危惧しており、博物館の活動の意義を強調する。 「博物館の中は完全に日系アメリカ人社会」と語り、日本人社会とのギャップを埋めるために「懸け橋役」に徹したという。「アメリカ史の一部に日系史を刻みながら(在米)日本人と日系人が絆を大切にして仲よくしてほしい」と切に願い今月29日、永住を決めた母国に戻る。【永田潤、写真も】
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